二刀流は浪漫!江戸時代、新選組で二刀流の達人と謳われた隊士がいた!:3ページ目
武雄は鎖帷子の着用を促しますが却下され、武雄のみが付けました。
そして、新選組と激戦となり平助や毛内有之助(もうないありのしん)が死亡した中、武雄は他の御陵衛士たちを逃がすために孤軍奮闘します。
腰に提灯をぶら下げ、民家を背に2振りの刀を振るった武雄に新選組は苦戦し多くの負傷者を出しました。
最後は原田左之助の槍の一突きで絶命するのですが、武雄の死に様は20箇所の傷を負い両手の刀を握ったまま大の字に倒れる見事なものでした。
最後に
新選組に加入する前から奸臣を斬り伏せたことから武雄は正義感や己の信条を絶対に曲げることのない剣士だったと思います。
そして兄弟のように親しかった甲子太郎を失ったことで生きる希望を失い、最後は甲子太郎と共に散りたいということで油小路に死に場所を求めていたのかなと考えてしまいます。