女性の遺体が盗まれる!?猟奇的な事件に発展した昭和初期の「坂田山心中事件」とは?

雲川ゆず

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しかし、特に昭和ごろまでは、心中事件が新聞で大きく報道されることがありました。

今回は、そのような事件のなかでも特に話題を呼んだ「坂田山心中事件」について詳しくご紹介していきたいと思います。

この事件、単なる心中事件……ではありませんでした。

心中に至った二人と、恋のいきさつ

事件の中心となるのは、二人の若い男女です。

女性は湯山八重子という人物で、静岡県駿東郡富岡の素封家(そほうか:大金持ち、資産家、財産家)の三女です。富岡小町と呼ばれる美人だったとか。男性は、調所五郎(ずしょごろう)という人物で、華族・調所広丈の孫でした。

当時、湯山八重子は東京芝白金の高等学校に通っていました。クリスチャンの学校だったため、彼女は教会に通い、あるときそこで調所五郎と知り合います。お互いの悩みなどを打ち明けるなかで、二人は親しくなっていきます。

湯山八重子が体調を理由に学校をやめ、実家に戻ったことがきっかけで、二人は遠距離恋愛となります。五郎の両親は交際に賛成していましたが、八重子の両親はそうではありませんでした。そして、八重子に別の縁談を持ちかけます。

このような経緯から、二人は心中を決心することとなるのです。

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