見事に騙された!平安時代、花山天皇はなぜ即位わずか数年で退位させられたのか?「寛和の変」に迫る

雲川ゆず

2024年大河ドラマ『光る君へ』。初回から衝撃の展開が繰り広げられていますよね。さまざまな個性的なキャラクターがすでに登場している『光る君へ』ですが、なかでも本郷奏多さん演じる花山天皇(かざんてんのう)に衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。

しかし、花山天皇は即位後数年で退位させられてしまいます。

今回は、その退位・出家・そしてそれに伴う政変のことを指す「寛和の変(かんなのへん)」に迫ってみたいと思います。

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さまざまな政治改革を行うが、関白や右大臣らと対立した

花山天皇は、叔父にあたる円融天皇の譲位を受けて、永観2年(984年)、16歳のときに天皇に即位します。

関白は円融天皇のときと同じく藤原忠頼が務めましたが、実際に力を握っていたのは花山天皇の外叔父藤原義懐と乳母子藤原惟成でした。

彼らの補佐を受けながら、荘園整理令の発布、貨幣流通の活性化、武装禁止令、物価統制令、地方の行政改革などの政治改革を行いますが、関白とは対立していくように。

また、右大臣・藤原兼家は孫である皇太子(後の一条天皇)の即位と自分の摂政就任を早めるために、花山天皇の退位を望んでいました。

2ページ目 花山天皇に対して出家を勧めさせる

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