皆さんは北条氏直をご存知でしょうか?氏直は相模の獅子と呼ばれた北条氏康の孫で、父の氏政と共に後北条氏の最大勢力図を築いた人物として名を残していますが、祖父と父の影に隠れがちです。
また、徳川家康を義父に持ち、後北条家再興のために家康に協力を持ちかけたこともあまり知られておりません。
そこで今回は、家康の婿・氏直が歩んだ生涯をご紹介します。
信玄を祖父に持つ氏直
氏直は永禄5年(1562)に氏政と黄梅院の間から生まれました。黄梅院は武田信玄の娘のため、信玄も氏直の祖父となります。
また、氏直には兄の新九郎がいましたが、氏直が生まれる前に亡くなっているため、嫡男として扱われました。
永禄12年になると、衰退した今川家の次期当主として今川氏真の養子となる話が上がります。
しかし、関係が悪化した武田氏の駿河侵攻による駿河国の支配。併せて、氏真の正室・早川殿(氏直の叔母)が今川範国を生んだことが重なり、今川の次期当主としての話は破談となりました。
その後15歳となる天正5年(1577 )での初陣で勝利を勝ち取ります。
相手は曾祖父の氏綱の代から敵対関係だった里見義弘で、この戦いを機に両者は同盟関係を結びました(房相一和)。