人間、偉くなるとフットワークが重くなり、「用があるなら相手から来るだろう」などと思ってしまう手合いも少なくありません。
それでも相手が来るから良かろうとタカをくくっていると、得てしてロクでなしばかりが群がってきがちです。
今回はそんな慢心を戒めた徳川家康(とくがわ いえやす)とその家老・土井利勝(どい としかつ)のエピソードを紹介したいと思います。
あいさつに来ぬゆえ知らぬとは……
土井利勝がまだ若いころ、家康がある家臣に役目を与えようと思い、利勝に諮問しました。
「某について、器量や評判について何か情報があるか」
はて、左様な者は……利勝は答申します。
「彼の者につきましては、我が元へあいさつにも来ぬゆえ、わかりませぬ(此者は愚亭へ終に出入仕らず候へば、聢と存ぜず候)」
これを聞いた家康はたちまちご機嫌斜めとなり、利勝を叱り飛ばしました。
「バカもん!わしの目につく程の才覚を現しておる者を、家老のそなたが知らぬとは何事ぞ。まして『あいさつに来ぬゆえ』と言うことは、そなたはおべっか使いのへつらい者ばかり取り立てるつもりか!」
アピール上手で能力も高ければともかく、往々にしてそうした手合いは立身出世ばかり考え、アピールや世渡りだけに長けているもの。
「そのような者ばかり取り立てれば御家は傾き、遠からず滅び去る事となろう。わしはもちろん、そなたまで暗愚の汚名を蒙ろうぞ」
「誠に申し訳ございませぬ。とんだ心得違いにございました。」