日本では昔から、さまざまなモノやコトを人間に見立てて表現する擬人化カルチャーが盛んです。
古くは鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)や九十九神(つくもがみ)など、動植物は言うに及ばず道具などの無機物に至るまで、多彩なストーリーが今日もどこかで生み出されています。
そんな中、今回は日本文学史上に名高い童話作家・宮沢賢治(みやざわ けんじ)の短編童話「シグナルとシグナレス」を紹介。
シグナルとはその名の通り鉄道信号機、シグナレスはその女性名詞。互いに愛し合う鉄道信号機の物語は、どんな展開を見せるのでしょうか。
身分違いの恋に悩む二人は……
舞台は賢治の地元である岩手県・花巻駅。この駅は東北本線と軽便鉄道(現:釜石線)が発着しており、本作世界では東北本線>軽便鉄道という格差が存在するそうです。
「若さま、いけません。これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」
※本文より。シグナルの後見人を務める電信柱が、シグナレスに声をかけたことを咎める場面
シグナルは東北本線で勤務する金属製の信号機、シグナレスは軽便鉄道で勤務する木製の信号機。身分違いの恋心に葛藤しながら惹かれ合う二人の様子が、何ともユニークに描かれます。
「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと言うんです。僕あなたくらい大事なものは世界中ないんです。どうか僕を愛してください」
※本文より
いよいよ互いの想いが通じあい、婚約の証として結婚指輪(エンゲージリング)の代わりに環状星雲(フィッシュマウスネビュラ)を交わした二人。
しかし周囲の反対によって結婚を阻まれ、二人は駆け落ちを考えます。が、いかんせん信号機ですから一歩たりとも動けません。