現場のことを理解はおろか、見さえもしないであれやこれやと見当はずれな指示を出して混乱させる上司っていませんか?
かと思えば逆に、ここ一番で必要な決裁を下ろしてくれず、現場がまったく動かない……そんな上司にうんざりしたことも、一度二度ではないでしょう。
そんな膠着状況を打破するには、時として現場の肚をくくった決断が必要……なのですが、いざ踏み切るとなると、誰かに背中を一押しして欲しいもの。
という思いは昔の人も今と変わらなかったようで、今回は源頼朝(みなもとの よりとも)公の決断を後押しした大庭景能(おおばの かげよし。景義)のエピソードを紹介したいと思います。
軍中にあって聞くべきは…大庭景能かく語りき
時は文治5年(1189年)、奥州へと逃げ込んだ謀叛人・源義経(よしつね)を匿った罪で藤原泰衡(ふじわらの やすひら)を討伐するべく兵を起こす準備を整えていた頼朝公でしたが、朝廷・後白河法皇(ごしらかわほうおう)からの許可(院宣-いんぜん)が下りません。
「このままでは藤原征伐の大義名分が立たない。さて、どうしたらよいものか……」
御家人たちが集まってあぁでもない、こうでもないと策を練ったものの、一向によい智恵は出て来ません。
「いいからやっちまえばいいんだよ!朝廷への言い訳はやっちまった後で考えればいいんだ!」
「そうも行くまい。だいたい兵を動員するにも、朝廷のお墨つきがあるとないでは集まりも士気も大違いぞ」
「かと言って、朝廷から院宣をいただく交渉は難航しているし……」
いつまでも時間を浪費していたら、泰衡を討つ好機を逸してしまうが、焦って院宣を得ぬまま奥州へ攻め込んだ場合、下手をすれば朝廷の許可なく私戦を始めた逆賊とされるリスクがある……困り果てた頼朝公は、大庭景能を御所へ招きました。
「そなたを古今の兵法や故実に通じた知恵者と見込んで、どうにかよい策を授けてくれぬか」
すると景能は、事もなげに即答します。