体調が悪くなったら最初に頼るのがお薬だと思います。今では全国各地にある薬局。お薬を手に入れるのもそれほど難しくはない時代です。
しかし、昔は薬に簡単にアクセスできませんでした。そこで今回の記事では、日本における薬の歴史について詳しくご紹介したいと思います!
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薬の始まり
日本において、6世紀ごろまで薬に関する記録はほとんどなく、その様相があきらかになっていません。しかし、例えば縄文時代の人々はその生活スタイルから植物の知識が深く、その住居の跡からは、植物のキハダが発見されており、それは薬に使われたものと思われています。
また、歴史書「古事記」のなかには、稲羽の白兎の負傷に対して蒲黄(ガマの花粉)を用いたということが書かれています。しかし、この当時は加持祈祷が病気治療の主な方法でした。
飛鳥・奈良・平安時代における薬
大和時代ごろから、大陸から治療法と薬物が日本にもたらされました。また、459年には、百済の意志が来日し、難波の薬師の始まりとなりました。
飛鳥・奈良・平安時代になると、遣唐使・遣隋使の派遣によって、他の様々な文化とともに、医学の知識もさらにもたらされました。さらに、来日した鑑真は薬にも詳しく、鼻で薬をかぎ分けることができたそうです。
また彼は、聖武天皇の夫人・光明皇太后の病気を治したとも言われています。平安時代には、東市に「薬廛(やくてん)」と呼ばれる薬を商う場所がありました。ここでは、国産の薬草に加えて、宗やインドから輸入されたものもありました。