お神輿みたいな椅子駕籠、乗合馬車…明治時代のレトロな乗り物・人々の交通手段を紹介

雲川ゆず

みなさんは、明治時代の交通手段や人々の生活の足となった乗り物と聞いて、どんなものをイメージしますか?

幕末から明治維新を迎え、開国となり、実に様々な制度や生活習慣が変わった明治時代。今回の記事では、そんな明治時代の乗り物についてご紹介します!

明治時代初期に登場した「人力車」

明治時代というと、鉄道の開通がまっさきに思い浮かぶかもしれませんが、人々の生活の足となったのは、それ以前に使われていた駕籠(かご)に変わって登場した「人力車」でした。東京においては、明治4年に営業を開始したそうです。

ちなみに鉄道は一部の都市だけでしたので、徒歩ももちろんあります。

新橋~横浜間を50分で走破!明治維新後に誕生した日本最初の鉄道。その名も「陸蒸気」【その1】

明治維新からわずか5年後。近代化の象徴である鉄道が、新橋・横浜間で開通しました。人々から親しみを込めて「陸蒸気」と呼ばれた日本最初の鉄道です!現在の鉄道大国・日本の礎となった、「陸蒸気」にまつ…

新橋~横浜間を50分で走破!明治維新後に誕生した日本最初の鉄道。その名も「陸蒸気」【その2】

近代化の象徴である鉄道が、新橋・横浜間で開通。当時は「陸蒸気」と呼ばれ、人々に親しまれつつも、中には「キリシタンの妖術」と怖がったり、「蒸気機関車から出る火の粉で火災が起こる」、「貨幣の元になる鉄でで…

自動車はまだ出てきませんので、この時代人々が「車」といえばそれは「人力車」を指していました。江戸時代の駕籠よりも速く走れ、小回りもきくため狭い路地でも活躍しました。

なお、値段については現在のタクシーの倍くらいだったそうです。また、人力車には番号が振られており、東京府に登録されていました。人力車を引く人は、法被と黒の股引きを着ることが義務付けられていたため、目印となっていました。

ちなみに、日本にやってきた外国人たちは、正座で乗らなければならない駕籠(かご)はとても乗りにくいものでした。

そんななか、一時期存在したのが、「椅子駕籠」と呼ばれる乗り物でした。

神輿に似た形で、男性4人が肩にかついで乗客を乗せました。洋風の椅子に座ったまま、お客さんは足を折る必要がなく、移動することができました。

3ページ目 馬車は少しずつ浸透

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了