京都を代表する風物詩の一つ・祇園(ぎおん)祭。その主人公として祀られながら、ほとんど顧みられることのない?牛頭天王(ごずてんのう)。
かつては日本全国で広く信仰されていたのに、このまま廃れてしまってはもったいないと牛頭天王をご祭神とする京都・八坂神社に奉職した旧神官家の子孫の方が、その存在を再認識してもらおうと、御神像や絵画などを収集しているそうです。
※参考:
忘れられた神「牛頭天王」に光を 旧神官家子孫が像など収集 京都-毎日新聞
ところで、牛頭天王とは一体どういう神様なのでしょうか。
恩も怨みも倍返し!激しい性格だった牛頭天王
史料『祇園牛頭天王御縁起(ぎおんごずてんのうごえんぎ)』の記すところでは、牛頭天王は武塔天王(むとうてんのう)の一人息子として豊饒国(日本)に生まれます。
その姿は人間の身体に牛の頭をした文字通りの異形で、あまりの恐ろしさに王位を継承してからも妃を迎えられず、ムシャクシャと暮らしておりました。
そんなある日、公卿たちが気晴らしに牛頭天王を狩猟に連れ出すと、人間の言葉を話せる鳩が飛んできて「沙掲羅龍王(八大龍王)の姫をご紹介しましょう」とのこと。
喜び勇んでついて行った牛頭天王は、旅の途中で日が暮れたため、長者である古單将来(こたんしょうらい)に宿を求めましたが、その(恐ろしく、貧乏そうな)姿を見て追い払ってしまいます。
「お前なんかに貸す庇(ひさし)はない、とっとと失せろ!」
仕方なく、今度は古單将来の兄である蘇民将来(そみんしょうらい)を訪ねます。抜け目ない弟とは違って、とても貧乏な家でした。
「それは大変でしたね。さぁさぁ、粗末なあばら家ですが、どうか奥でゆっくりなさって下さい……」
蘇民将来はなけなしの穀物を掻き集めて、あたたかなご飯を炊いてくれました。この親切に感じ入った牛頭天王は、宝物の牛玉(うしだま)を授けます。
「この宝玉は、どんな願いでもすべて叶えてくれる力を持っておる。そなたの親切は、決して忘れぬぞ」
こうして蘇民将来に別れを告げた牛頭天王は無事に沙掲羅龍王の三女・頗梨采女(はりさいじょ)を妃に迎え、豊饒国へと帰る道中、古單将来の集落に差しかかりました。
「あの時の屈辱、決して忘れぬぞ!」