「いい(1)兄(2)さん(3)に(2)、御成敗式目」
鎌倉幕府の基本法として貞永元1232年8月10日に定められた御成敗式目(貞永式目)。
従来の慣習や頼朝公時代の前例などを51条にまとめたものですが、果たしてどんなことが決められていたのでしょうか。そのすべてを解説するのはさすがに退屈でしょうから、今回は中でも興味深い条文などをピックアップしたいと思います。
法律の条文を通して、往時の武士たちがどんな悩みやトラブルを抱えて生きていたのか、そんなことにも興味を持って頂ければと思います。
※原文の前が意訳、後が所見(コメント)です。
第一条「神社を修理し、祭祀に専念すべきこと」
神様は人間が信仰してこそ力を増し、人間をお守り下さるのだから、祭礼をおろそかにしてはならない。
社殿など損壊した時は、小さければ自分たちで修理し、手に負えない場合は幕府に事情を報告して指示を受けるように。
一、可修理神社專祭祀事
右神者依人之敬增威、人者依神之德添運、然則恆例之祭祀不致陵夷、如在之禮奠莫令怠慢、因茲於關東御分國々并庄園者、地頭神主等各存其趣、可致精誠也、兼 又至有封社者、任代々符、小破之時且加修理、若及大破、言上子細、隨于其左右可有其沙汰矣
何事につけ自然を敬い、神様と共に生きてきた日本人らしい条文です。これを一番にもってくる辺りに、純朴な往時のセンスを感じます。
ちなみに、第二条は寺院に関することがらを取り上げていますが、仏様の御利益には言及されず、僧侶の職務について、より実務的な内容となっています。