「板前」という言葉。「板」とはもちろん「まな板」のことです。「まな板」は、俎板、真魚板などの文字を当てたことからも明らかなように、本来は魚を調理する際に使用された厚手の板を指します。
かつての日本は伝統的に、大切なお客を招いた際には、その家の主人が俎板の前に座り、自ら魚をさばいて料理するという習慣がありました。
魚や包丁の取り扱いには、一定の作法があり、作法に従ったもてなしに感嘆した客人も、主人の包丁の腕前や味付けを賞賛し、最高のお礼として主人を「板前」と呼びました。
そもそも「俎」の字の原義は、供物を積み重ねる台のことで、大きさや厚さも規定された、神聖な調理器具のことを指していました。時代が経ち、神への供物から客人へのもてなしに変わっても、主人がその板の前に座ることが特別に重要な意味を持つからこそ、それは最高のもてなしとされました。
しかしだんだんと、その板の前に座るのは、主人自身から、主人の眼鏡にかなった料理人へと変わっていきました。作法としてのもてなしだけでなく、実際に美味しい料理を出すことが重要視されることになったのです。