浅井長政はなぜ義兄を裏切ったのか?織田信長が撤退戦に至るまでの経緯と謎を追う【後編】

裏切りの理由は不明

【前編】では、織田信長による朝倉義景討伐の流れと、その中で浅井長政が突然裏切るまでの経緯を説明しました。

浅井長政はなぜ義兄を裏切ったのか?織田信長が撤退戦に至るまでの経緯と謎を追う【前編】

信長の台頭と朝倉の抵抗戦国時代の謎のひとつに、織田信長の義弟である浅井長政は、なぜ信長を裏切ったのか? というのがあります。この裏切りによって、信長が「金ヶ崎の退き口」へと至り、のちの豊臣…

浅井長政が、義兄である織田信長を裏切ったのはなぜだったのでしょうか? その理由ははっきりせず、現在でも諸説あります。

まず、浅井氏と朝倉氏はずっと以前から同盟関係にあったので、もともと信長は浅井に対して、「朝倉は攻めない」ことを約束していたのではないかという説です。

信長が先にこの約束を反故にしてしまったので、浅井は朝倉の側についたということです。

ただ、そもそもこの説は、義兄弟が交わした約束が本当にあったのかどうか、それを裏付ける証拠がありません。

また、そもそも浅井と朝倉がそんな長年に渡る同盟を結んでいたのかも不明です。不明な事柄に立脚した説なのです。

この他にも、浅井が、信長の革新的なやり方についていけなくなったからではないか……など、さまざまな説があります。

2ページ目 木下藤吉郎の奮闘

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