元就と曲直瀬道三の関係
【前編】では、名将・毛利元就が「餅」をエネルギー源として重視していたことを解説しました。
71歳で子供を授かるタフネスっぷり!毛利元就のパワーの源となった食事術とは?【前編】
戦国時代きってのタフネス毛利元就(もうりもとなり)といえば超有名な戦国武将で、大河ドラマでもおなじみです。彼は75歳で没しましたが、それまでに200以上の合戦を潜り抜けて、中国地方のほとんど全域を…
ところで餅は、前編で説明した通り、スタミナの消耗が激しい武人の兵糧としてはとても優秀なのですが、日常的に食べるにはかえってカロリーが高すぎるという欠点もあります。
しかし、毛利元就は75歳まで生きており、平均寿命が30歳台と言われた当時としては異例の長寿を保っています(しかも71歳で末子が生まれています)。餅をよく食べていた彼は、どのようにしてここまで長生きできたのでしょうか。
ここで登場するのが、戦国時代を代表する名医である曲直瀬道三(まなせ・どうさん)です。彼は当時、織田信長をはじめ多くの戦国武将から名医として尊敬されており、元就とも親交がありました。
二人の親交は1566年に始まります。元就が出雲攻めをしている中、陣中で体調を崩してしまったのです。その時に道三が診察したのでした。
道三は、毛利家とやり取りをする中で、健康法についてユーモアを交えた俳諧で送っています。その内容は「常の食 四時に順じ 五味を和し 飽に及ばず または飢えざれ」というもので、簡単に訳すれば「普段の食事は四季の食材を使い、五種類の味付けをバランスよく施し、食べ過ぎず、飢えないように」しなさいということです。現代の養生法と全く同じですね。