鎌倉殿として坂東武者たちをまとめ上げた源頼朝。源氏の棟梁として文武両道を兼ね備えていたことはもちろん、和歌にも造詣がありました。
平治の乱に敗れ、伊豆へ流される14歳まで京都で育っている頼朝。幼少期に培った典雅の素養は、20年にわたる坂東暮らしでも失われなかったようです。
その才能は勅撰歌集『新古今和歌集』に2首の和歌が採用されているほど。と聞いて「たったの2首か」と思うかも知れませんが、勅撰歌集への掲載を現代の感覚に喩えるなら、皇居の歌会始で自分の歌が披露されるようなもの。たとえ1首であっても、生涯の思い出となるでしょう。
いずれにせよ、和歌を嗜む者にとっては大変な名誉。そこで今回は頼朝が詠んだ2首を紹介。いったいどんな歌なのでしょうか。
富士山には、青空と噴煙がよく似合う?
道すがら 富士の煙も 分かざりき
晴るる間もなき 空の景色に※『新古今和歌集』巻第十 羇旅歌(975)
【意訳】道すがら、富士山の噴煙も分からないほど曇っていた。
……これは頼朝が上洛の途上(1度目か2度目か、行きか帰りかは不明)、富士山を眺めながら詠んだものとか。
せっかくの上洛、せっかくの絶景なのに青空に映える富士山が見られなくて残念……そんな頼朝の様子がシンプルに描かれています。
現代と異なり、当時の富士山は噴煙を上げているのが日常だったとか。富士山には冠雪と青空、そして噴煙がよく似合う……でしょうか。
見てみたい気もしますが、富士山噴火のリスクが高まっている昨今、ちょっと気が気じゃないですね。