みなさんは、「根来衆(ねごろしゅう)」という集団の名前を聞いたことがありますか?
あまり知られてはいない存在かもしれませんが、日本史上最も有名な人物を苦しめたこともあるんです。
そこで、今回の記事では、そんな根来衆について詳しくご紹介したいと思います。
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そもそも、根来衆(ねごろしゅう)って何?
根来衆は、戦国時代、紀伊国北部の一帯(現在の和歌山県岩出市)に存在した僧兵集団です。以前筆者が紹介した雑賀衆と同じように鉄砲で武装し、傭兵集団としても活躍しました。
その人数も多く、その数8000~1万人とも言われています。鉄砲で強力な勢力となった根来衆は戦国大名にとっても無視できない存在となりました。
実際に、織田信長が石山本願寺を攻めた際も、根来衆は信長に味方します。しかし、信長の死後権力を持った豊臣秀吉については、味方につくのではなく、雑賀衆と共に抵抗し、秀吉を恐れさせました。
しかし、1585年の秀吉の紀州攻めで根来寺を焼かれ、平定されてしまいました。
根来衆の本拠地はすごかった!
そんな根来衆ですが、彼らの本拠地もすごかったんです!
それは、和歌山県岩出市にある根来寺(ねごろじ)です。新義真言宗総本山のお寺で、国の史跡にもなっています。根来寺の大塔は日本最大の多宝塔であり、国宝に指定されています。
さらに、基礎の部分に火縄銃弾痕があるとも言われています。当時は高野山と激しく対立していたことから、衆徒(=根来衆)の武装化が進んだとされています。