アメリカの刑務所には、スペシャル・ミールという制度がある(州もある)そうです。
呼んで字の如く「特別な食事」ですが、その意味するところは娑婆のそれとは異なり、死刑執行の直前に提供される「最後の晩餐」。
「極悪人であっても、死ぬ前くらいは好きなものを食べさせてやろう」
そんな心遣いとも言うべきか、可能な限りで死刑囚のリクエストを聞いてあげるのだとか。
この「死ぬ前くらいは好きなものを……」という心情は中世日本にもあり、戦国時代などいくつか事例があります。
今回はそんな一人・石田三成(いしだ みつなり)が所望した「最後の晩餐」を紹介。果たして彼は、どんな食事をリクエストしたのでしょうか。
最期の食事?とんでもない!
時は慶長5年(1600年)、天下分け目の関ヶ原(せきがはら)合戦に敗れた石田三成は、捲土重来を期して戦場を離脱したものの、あえなく捕らわれてしまいます。
いよいよ処刑が翌日に迫った9月30日、三成の身柄を拘束していた田中吉政(たなか よしまさ)が、夕餉(ゆうげ。夕食)の希望を聞きに来ました。
「何か、食いたいものはござらぬか」
関ヶ原から這々(ほうほう)のていで脱出した三成は、険しい山間部をさまよってゲッソリとやつれており、捕らえた吉政をして涙を誘わずにはいられない有様です。
「……忝(かたじけな)い。されば、ニラ粥(がゆ)をいただこうか」
「え?」
そんな質素なものでいいのか?吉政はちょっと拍子抜けしますが、まぁそのくらいならお安い御用。さっそくニラ粥を作らせると、温かい内に運ばせました。
「いかがか?」
「……美味い」
一口ひとくち噛みしめながら、全身に染み渡らせるようにニラ粥を食べる三成の姿を見て、いよいよ吉政は感極まってしまいます。
「治部(じぶ。三成)どの……」
「もうよい。戦の勝敗は時の運なれば、そなたの事も恨んではおらぬ。そなたにもそなたの事情があろう」
「……忝い」
一説には、吉政は三成を騙して捕らえたとも言われています。
「実に美味い粥であった……さて、腹がくちくなったら眠うなった。わしはもう寝るゆえ、そなたも早く休むがよいぞ」
吉政に礼を言うと、三成はごろりと横になりました。
「(随分と落ち着いておるな、何か策でもあるのだろうか)……しからば御免」
「うむ」
吉政が立ち去ったあと、三成は腹の具合をうかがいます。実は三成、これを最期の食事にするつもりなど毛頭なく、疲労によって壊していた腹を回復させ、起死回生の一策を思案していたのです。
実際、ニラには血行促進や整腸作用に効果があり、あの独特な香り成分の硫化アリルがビタミンB1の吸収や糖分の分解を促進するため、体力を回復させる薬効が古くから知られていました。
それを柔らかく煮た粥と併せて食えば、効率的に胃腸を整え、かつ粥の炭水化物を脱出のエネルギーに変えることができるため、三成のリクエストはこれ以上ない選択の一つと言えるでしょう。
(どんな妙策も、身体がままならねば果たせぬからのぅ……)
かくして、じっくりと胃腸を休めて鋭気を養いながら、一晩中ゆっくりと脱出の機会を窺っていた三成ですが……残念ながらそんなチャンスがやってくることはありませんでした。
この辺りが、ドラマと現実の違うところですね。