近ごろ、医療技術の進歩によって日本人の平均寿命が延びたおかげか「人生100年時代」などと言われるようになったものの、実際100歳まで生きた人というのはまだまだ身近には少ないようです。
そんな中、戦国時代から江戸時代にかけて活躍した南光坊天海(なんこうぼう てんかい)は数えで108歳(※)まで生きたとも言われ、かつて「人間五十年」などと謳われた当時の平均寿命を2度生きてもまだおつりが来る長寿を誇りました。
(※)天文5年(1536年)生~寛永20年(1643年)没と言われていますが、生年については諸説あります。
江戸幕府を開いた徳川家康(とくがわ いえやす)・徳川秀忠(ひでただ。家康の嫡男)・徳川家光(いえみつ。秀忠の嫡男)と3代将軍に仕えた天海。
その長寿の秘訣はいったい何なのでしょうか。秀忠と家光がそれぞれ訊いてみたことがあるらしく、天海の答えが面白かったので今回紹介したいと思います。
問:徳川秀忠「長寿の秘訣は?」
答:南光坊天海
「長命は 粗食(そしょく)正直 日湯(ひゆ)だらり
時おり御下風(ごかふう) あそばさるべし」
よく読むと五七五七七(和歌)になっており、「我ながら上手いこと言ったわい」という天海のドヤ顔が目に浮かぶようですが、まぁそれはそうとして、一つずつ見ていきましょう。
粗食は贅沢をつつしんで、かつしっかりと栄養がとれる食事を心がけること、次の正直は現代と同じく「嘘をつかないこと」を言います。
何となく精神論を言っているように思いますが、嘘をつくことによってそれを隠し通すために気をもんだり、嘘を重ねるために頭をひねったり、そのストレスは意外と身体に悪影響を及ぼすのでしょう。
日湯とは「毎日お風呂に入ること」。現代人からすれば「逆に毎日(時には一日何度も)入らないと気持ちが悪い」と思うでしょうが、当時は設備・経済面などの問題から、誰でもいつでも入れるものではなかったようです。
続く「だらり」とは何かと言うと、これは男性の股間にぶら下がっている陰嚢(いんのう)を言うそうですが、これが縮み上がるようなストレスを感じず、いつも「だらり」とさせておくのがよろしい、と言っています。
※この解釈には諸説あるようで「僧侶なのだからそんな下品なことは言うまい。陀羅尼(だらに。仏教の呪文で、原典のサンスクリット語)を唱うべしという訓戒を、卑俗の者が聞き違えたか面白おかしく曲解したのだ」あるいは「風呂上りは身体が熱っているから、あくせくしないでだらりと身体を休めるべきだ」などとも言われるようです。
そして「時おりあそばさるべし」という「御下風」とは、下から出る風つまり放屁(ほうひ)を言います。
もちろん人前で放つのは失礼に当たるものの、体内の老廃物を排泄する行為には違いないため、あまり我慢ばかりしていると身体にはよくありません。
だから、周囲に迷惑が及ばない状況では、放屁もやむなし、くらいに大らかな気持ちでいた方が、身体にも精神にもよいと言うのです。
戦国乱世の英雄であった父・家康と比べられるせいか「もっとしっかりしないと」と思い詰めがちだった秀忠に、天海は「そんなに気を張り詰めず、(たまには放屁も大目に見るくらい)ゆったりと構えれば、自ずと将器は備わります」と伝えたかったのかも知れませんね。