「いちま~い……にま~い……」
夏が近づいてくると怪談話が流行りますが、そんなお馴染み「皿屋敷(さらやしき)」の有名なセリフ。
話のバリエーションや元ネタは色々ありますが、大抵は10枚セットの高級なお皿を、女中のお菊が割ってしまい、お手討ちに(斬殺)されたり、あるいは咎められるのを恐れて井戸に身を投げたり(自殺)します。
そんなお菊が成仏できる筈もなく、夜な夜な化けて出ては皿を数え、何度やっても「一枚足りない」と嘆き悲しみ続けるのでした。
実に悲しい物語ですが、しかし皿に限らず形あるものはいつか壊れるのが定めだし、まして焼き物なんざ「割ってナンボ」とまでは言いませんが、割れちまっても仕方ないくらいに思っておかないと、神経が参ってしまいます。
(そもそも割れて困るようなら、最初っから金属ででも作っとけという話です)
要は「何も皿の一枚くれぇで死ぬor殺す事(こた)ぁねぇじゃねぇか」という話で、今回はそんなエピソードを紹介したいと思います。
一心太助の実在性について
今回の主人公である一心太助(いっしん たすけ)については、フィクション(架空の人物)であるというのが定説となっているようですが、「一心太助石塔」と刻まれた彼の墓が主君・大久保彦左衛門忠教(おおくぼ ひこざゑもん ただたか)の墓のすぐそば(最も近く)に建立されています。
太助の墓を建立したのは江戸蔵前の米穀商・松前屋五郎兵衛(まつまえや ごろべゑ)。陸奥国津軽藩(現:青森県西部)家老・松前五郎左衛門(ごろうざゑもん)の次男として生まれますが、家族相続のゴタゴタから武士の身分に嫌気が差し、生家を飛び出しました。
そして裸一貫から事業を興し、江戸で大成功を収めたそうです……が、この五郎兵衛が登場するのは太助と同じ資料(実録本『大久保武蔵鐙』など)に限られ、その実在性については太助と概ね同程度と見られています。
恐らく、昨今で言えば伊達直人(いわゆるタイガーマスク。架空の人物)の名義で貧しい子供にランドセルを贈ったような一種のユーモア感覚で、
「一心太助がフィクションだなんて、野暮なことを言っている連中の鼻をあかしてやろうぜ!」
とか何とか、そういう反骨精神を発揮した結果なのかも知れません。ともあれ「一心太助が実在したら、さぞ楽しかったろうな」という前提で、そろそろ本題に入ろうと思います。