「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか……」
『信長公記』
時は戦国、織田信長がこの幸若舞「敦盛(あつもり)」の一節を吟じて舞い、桶狭間の決戦(永禄三1560年5月19日)に臨んだエピソードは有名ですが、この「人間五十年」が当時の平均寿命を表したものと誤解されているようです。
確かに信長が本能寺の変で亡くなったのは49歳、他の武将たちも多くが50歳前後で亡くなっているため、そのような勘違いも起こるのですが、それでは「人間五十年」とは何を意味しているのでしょうか。
912.5万年の寿命!下天に生きる人々の時間感覚に比べれば……
人間五十年の真意を知るカギは、次の「下天」にあります。
下天とは仏教における天上世界を、欲望の度合いに応じて六段階に分けた六欲天(ろくよくてん)の最下位世界を差し、その世界では一昼夜が人間世界の50年に相当する長さになります。
ちなみに、下天の住民は寿命が500歳とされ、彼らの一日が人間世界の50年であれば、彼らの生涯は50年×365日×500歳≒912.5万年という途方もない長さになります(※閏年は省略)。
そんな悠久のスケールで生きる人々を前にすると、人間世界で50年ばかり生きていることなど、うたた寝の夢に過ぎない……だから今川義元の軍勢ごときにくよくよする必要はない。思いっきり戦おうではないか。そんな思いで舞っていたのかも知れません。
つまり、この唄は人間世界の50年間を下天における時間感覚と比較しただけで、人間の寿命が50年である、という訳ではないのです。