商売繁盛に千客万来!馬を左右逆に書いた将棋駒「左馬」はなぜ縁起が良いとされているのか?

湯本泰隆

日本の将棋駒製造の大部分は山形県天童市で行われています。同地域が将棋駒の製造が始まったのは、江戸時代末期のこと。

当時の天童藩士たちは仕事がなく苦しい生活を送っており、内職の必要性に迫られました。そこで、「将棋は戦略を練るための競技であるから、武士の面目を傷つけるようなものではない」として、藩が奨励したことがその起こりとされています。

やがて、天童藩で製造された将棋駒は、「天童駒」として、全国的に認知されるようになりました。

「左馬」はなぜ縁起が良い?

さて、そんな天童藩で産まれた縁起物が「左馬」。左馬の「馬」とは、将棋駒の「角」が成った状態=「龍馬」のことをいいます。

馬は元来左から乗るものなので、右から乗るとつまづいて転ぶという習性をもっており、そのことから左馬は長い人生をつまづくことなく過ごすことができ、昔から福を招くめでたいもので商売繁盛の守り駒となっています。

また、「うま」を逆から読むと「まう」と読めることから、昔からめでたい席で踊られる「舞い」にちなんで、「左馬」は福を招く縁起物とされています。

2ページ目 左馬は千客万来の縁起物でもある

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