平安時代の謎多き女性「常盤御前」の生涯には、乱世を生きる女性のうら悲しさが…

湯本泰隆

牛若丸(源義経)の母親としても知られる常盤御前。彼女の生涯についてはいまだ謎が多くあります。彼女はもともと朝廷では雑仕女という下級の女官でした。

これは、美人1000人の中から100人を選び、100人の中からさらに10人に絞り、10人の中でももっとも美しい女性を選出していたそうです。当時、常盤御前は13歳。このような逸話からも、彼女が人並外れた美貌を持っていたということがわかると思います。

残念ながら両親についてはその素性が明らかになっていないことから、もともとはそんなに身分の高くない家の出であったことが推測されます。

1153年、源義朝の妻となった常盤御前は、今若、乙若、牛若の3子を出産。ところが、3人の子供が幼いうちに義朝は平治の乱で殺されてしまいます。

2ページ目 乱世を生きる女性のうら悲しさ

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了