死ねばいいってもんじゃない?武士道のバイブル「葉隠」の有名フレーズが伝えたかった基本精神

江戸時代の鍋島藩士・山本神右衛門常朝(やまもと じんえもん じょうちょう。万治二1659年6月11日生~享保四1719年10月10日没)が口述した武士の心得を、同藩士の田代又左衛門陣基(たしろ またざえもん つらもと。延宝六1678年生~寛延元1748年没)がまとめた全11巻の書物で、武士道のバイブルとして伝えられている「葉隠(はがくれ)」。

「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり……」

そんなフレーズに象徴される「葉隠(はがくれ)」ですが、この一言(いちごん)をもって「武士はとにかく死ぬことを評価・美化している」と誤解されることも少なくありません。今回はこの言葉の真意について紹介したいと思います。

死ねばいいってもんじゃない

まず、このフレーズが登場したくだりについて、その全体像を現代語(意訳)で紹介します。

「武士道の基本は『死ぬ覚悟』である。死ぬつもりで臨めば、御家にとってよりよい決断・行動が出来る。こざかしい打算なく、肚を決めて奉公しろ。目的が達成できなければ犬死だ、などと上方(京都・畿内)風の軟弱な考えなど認めない。だいたい決断を迫られる現場で、確実に目的が達成できる最適な答えなんて最初から解るものか。
人間、誰でも死ぬより生きたいものだ。だが、死ぬべき時に命を惜しむのは腰抜けだ。しかし、生きるべき時に死ぬのは『犬死氣違い(原文ママ)』だ。この判断は非常に難しいが、だからこそ日々精進し、死ぬ覚悟を新たに生きることで、奉公をまっとうできるだろう」

つまり山本常朝は「御家の一大事に命懸けで奉公するために、平素から命を大切に精進せよ」と言っているのであって、別に「死ね」とも「死ぬのがいい」とも言ってはいないのです。

3ページ目 命は「手段」―山本常朝の言いたかったこと

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