【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第17話

小山 桜子

前回の16話はこちら

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第16話

前回の第15話はこちら[insert_post id=78331]■文政八年 正月(1)その男の背後には花が咲く。国芳は正月になると毎年、そう言われてきた。でも、今年は違う…

■文政八年 正月(2)

ふわり、と宙を舞い、みつは国芳の腕の中に飛び込んだ。国芳はみつの身体の重みを受け、そのまま地面に尻もちをついた。痛ってえと国芳は呻いたが、腕にしっかりみつの身体を抱き止めている。

「あははっ」

傍にいた幼い禿(かむろ)の一人が大声で笑った。

子どもたちの笑顔の輪はたちまち広がり、大きな大輪の花になった。

吉原遊廓に、誰も聞いたことのないような子どもたちの笑い声が響いた。

国芳がみつの肩を掴んだ。

「おみつ、聞いてくれ」

大きな目に強い光を宿し、いつになく真剣に言った。

「確かにわっちゃア下手くそでつまらねえ絵ばかりだし、金もねえし、浮世絵師と呼ぶにゃアあんまりお粗末かもしれねえ。でも、わっちゃあ絶対エ諦めねえ。めえの目に届くまで何度でも何度でも、色でいっぱいの鮮やかな絵、描き続ける」

「うん」

かすかにみつは頷いた。

「もっともっと頭ア捻って、最後の一滴まで絞り出して、めえがびっくり仰天して笑い転げるような、今までにねえ楽しくて面白え絵、たくさん考える」

「うん」

「江戸中に名の轟く立派な絵師に、絶対なってやらア」

「うん」

みつの手にひやりとしたものが触れて、驚いて自分の頬に手をやると、気がつかないうちにぽろぽろと涙がこぼれていた。

国芳はなお、絞り出すように力を込めて言った。

「それでいつか、めえをここからかならず連れ出す」。

みつは一瞬動きを止めて、まん丸な目いっぱいに涙を溜め、そしてまっさらな笑顔で強く頷いた。

「うん・・・・・・!」

もう、誰に何を聞かれていようが構わない。

どんな折檻も仕置きも、国芳がいるのなら何の事はない。

「だから」、

みつの視線と国芳の視線が、深く絡み合って一つになった。

「めえもそれまで、絶対諦めんな!」・・・・・・

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