書の名人は言語も達者!
空海といえば「弘法大師」の名でも知られる平安時代の僧で、真言密教の開祖。また三筆のひとりにも数えられる能書家です。「弘法筆を選ばず」や「弘法にも筆の誤り」といったことわざがあるほど、書の名人として現代でも有名ですよね。
そんな空海が、実は言語も堪能だったことをご存知でしょうか。空海は遣唐使として留学した先の中国語はもとより、サンスクリット語すらも巧みに操ったといいます。
空海が遣唐使として留学する際、留学期間は20年と定められていました。しかし、空海はたった2年あまりで帰国。あまりにも早すぎる帰国には、空海の言語習得能力が関係していたと考えられます。
中国語は留学前に習得していた?
不思議なことに、空海は中国に留学する前に中国語を習得していたと考えられています。
空海が中国へ渡るために乗った船は途中で嵐に遭い、福州長渓県赤岸鎮に漂着しました。嵐に遭った際に遣唐使であることを示す書類を紛失した一行は海賊ではないかと疑いをかけられますが、これをうまくとりなしたのが空海でした。
空海は州の長官へ宛てた嘆願書を書いたのです。これがなんとも見事な文章で、遭難のひどさを物語る優れた内容だったんだとか。空海らが唐へ漂着して数か月。同年の11月にようやく長安入りを許されました。
なぜ留学以前から語学堪能であったか。確かなことはわかりませんが、一説によれば空海が幼少期から他言語に触れる環境にあったことが理由ではないかといわれています。
空海は讃岐国(現在の香川県)の生まれ。讃岐は中国・朝鮮からの渡来系民族が多く、空海は彼らの言語を耳にする環境にあったのでは、ということです。言語は目で見て読んで学ぶよりも耳で聴いたほうが早く覚えるというので、あながちこの説は間違いではないかもしれません。
3ページ目 サンスクリット語(梵語)はたった3か月でマスター?