キリスト教伝来から繁栄まで。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を見に行く前に予習

中みうな

5月4日付けで世界遺産への登録勧告を受けた「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。

幕末に信徒発見の舞台となった国宝・大浦天主堂をはじめ、遠藤周作の『沈黙』に登場する村のモデルになった外海の出津集落、天草四郎で有名な島原の乱の戦場となった原城跡など、全12の資産で構成されています。

日本におけるキリスト教といえば、「以後よく広まるキリスト教」で覚えた1549年にフランシスコ・ザビエルによってもたらされ、九州を中心に広まったと思えば、豊臣秀吉によって禁教令が出され、江戸時代には絵踏みが始まりました・・・と、ここまでは歴史の授業で誰もが習う内容ですね。

しかしこれだけでは、世界遺産登録目前の遺産を見るには少し知識が足りないかもしれません。長崎と天草に行く前に、あとちょっとその歴史に踏み込んでみましょう。

みんで一斉改宗!長崎は正に「小ローマ」

ご存知の通り、1549年に鹿児島に上陸したイエズス会士のフランシスコ・ザビエルは、平戸・山口・京都・大分と布教をします。ザビエルは日本人の能力を高く評価し、日本での布教を重要視しました。彼の依頼により、宣教師たちが次々と来日。

大村純忠や大友宗麟といった九州の大名たちは自らキリシタンになると、自分の領民にも改宗を強制しました。そうした背景もあり、約2万5千人いたとされる長崎の領民ほぼ全員がキリシタンだったといいます。

多くの教会が建ち、宣教師や外国人商人が行き交う長崎は「小ローマ」と呼ばれるほどでした。きっと日本とは思えない風景が広がっていたのでしょうね。

2ページ目 あの天正遣欧少年使節も長崎発!

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了