江戸時代は道路標識や表札がなく家を訪問するのは大変。迷子になると自力で両親との再会は難しかった?

阿部裕子

町人たちの住んでいたところ

江戸の町人居住地は、嘉永6年(1853)には江戸全体の約15%のみ。この時、町人の人口は57万人5091人だったので、かなり狭くぎゅうぎゅうになって暮らしていたことが窺えます。

一つの町には道路に面して建物が並び、それぞれ長方形のブロックを作っていました。現代のように道路標識や町名表示はなく、表札もありませんでした。初めての場所を訪ねるときは、それはもう大変です。特定の地域を限って示した切絵図とにらめっこになるのが普通だったようです。

2ページ目 迷子になると自力で両親と再会するのは難しかった

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