「歌舞伎」と聞いて、真っ先に頭に浮かぶのはどんなものですか?おそらく多くの方は、真っ白く塗った顔に施されたド派手な赤い隈取をイメージなさるのではないでしょうか。ナチュラルメイクが主流の昨今の感覚からすれば素肌っぽさのかけらもなく違和感抜群の白塗りですが、これには現代からは想像もつかない大切な目的がありました。
当然ながら、電気などなかった江戸時代。歌舞伎の興業を行っていた芝居小屋は薄暗く、舞台の上の役者の顔はよく見えませんでした。そのため舞台の上に何本もろうそくを立てたり、役者の顔を照らす「面(つら)あかり」というものを用いたりするようになります。
「面あかり」は「差し出し」とも呼ばれています。長い竿の先にろうそくを立てたもので、二人の後見が役者の前後について、顔の近くに差し出して使っていました。
現代の歌舞伎でも、古風な雰囲気を醸し出す演出の一つとして用いられています。「廓文章(くるわぶんしょう)」や「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」などの演目で見ることができますので、機会があればぜひご覧ください!
そんな「面あかり」は便利な発明でしたが、ろうそくの灯りだけではぼんやりしていて何本も並べたところで舞台の奥の方にいる役者の顔は見えません。役者の表情が後ろの方のお客さんにもよく見えるようにするためには、化粧を変える必要がありました。
それまでよりもさらに白く、濃い化粧ができるよう歌舞伎役者たちは工夫を繰り返してゆきます。やがて「びんづけ油を肌に塗った上から白粉を塗りこむ」という手法が主流になると、白粉のノリは格段によくなり化粧崩れもなくなりました。この方法は現代の歌舞伎化粧でも取り入れられています。
とはいえ、電気のある現代の劇場では白塗りにする必要はないようにも思われます。しかし実は現代の方が、江戸時代の歌舞伎の化粧よりも一層白く塗られているのだそうです。
これは、オペラグラスの普及や映像技術の発達により「近くで見た時の美しさ」へのこだわりが高まったことが理由とも言われています。歌舞伎は錦絵のような見た目の美しさを追求する芸能であることから、日本人にとっての美の象徴としての「白」が現代でも用いられているようです。
歌舞伎の世界では化粧を施すことを「顔をする」と言います。本番を控えた楽屋で鏡に向かい、素の顔から役の顔へと化けてゆく作業を、芸の続く限り繰り返してゆく歌舞伎役者。独特の色気はそんな習慣によって醸し出されているのかもしれませんね。