大阪は本当に「コテコテ」なんでしょうか

Japaaan編集部

大阪は本当に「コテコテ」なんでしょうか。

通天閣、新世界、そして吉本興業までが生誕100周年を迎えた、2012年。寄りにも寄ってコッテコテの中のコッテコテばかりが揃い踏みですが、でも逆に考えてみてください。生誕100周年ということは、この3者の「コッテコテ」はいずれも、100年以上前には存在してなかったということにもなります。

言うまでもなく、大阪は大昔から商売のさかんな大都会でした。古代でも瀬戸内航路の終着点として、平安遷都以降は海から京都へ繋がるポイントとして、江戸時代以降は経済・商業の一大中心地「天下の台所」として、ずっとずっと、栄えてきました。

もちろん、食文化も高度に発達しています。千年前からたこ焼きやお好み焼きばっかり食ってたわけではありません。北前船が運行され始めると、北海道からやって来た昆布を金に飽かして好き放題に使いまくり、今に伝わるあの薄口の出汁を生み出しました。見た目は薄いけど旨味は出まくってる、美しく澄んだ出汁。


大阪人に関する都市伝説として「東京の出汁は真っ黒で飲めないとゴネる」がありますが、もし現実にそんなことを言ってる人がいたら、その人は単なる郷土愛や東京嫌いだけでボヤいてるのではありません。昆布テイストの無さに「貧乏臭さ」を感じてボヤいているのです。醤油で誤魔化すな、と。鰹節をグツグツしつこく煮るな、と。上等の昆布をケチらず使って出汁を取れ、と。

そんな薄口を尊ぶ大阪を、いわば新参の通天閣・新世界・吉本、そしてお好み焼き&たこ焼きが表象するようになった理由については、よくわかりません。「ソースの輸入が、大阪人の舌と頭を変えた」いう説もありますが、もちろん冗談です。名古屋めしのブームの後でも、あの超コテコテのめしを食った後でも、そ知らぬ顔で「大阪といえばコテコテ」となるのは、そのイメージを日本中、世界中から望まれてるということなんでしょうか。

そんなこととは関係なく、今日も大阪のうどん屋は薄口の出汁をとり続けてます。家で食うカップうどんでさえ、関西仕様の薄口出汁です。

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