米の価格が下がらない……幕府の打ちだした米穀売買御勝手次第(べいこくばいばいごかってしだい)も効果がなく、放屁賄賂御勝手次第(へっこきまいない~)などと揶揄されてしまいます。
ますます窮地に陥る田沼意次(渡辺謙)らに対して、蔦重(横浜流星)ら日本橋メンバーより献策がありました。
不当に値を釣り上げていた者たちから約20万石の米を押収。うち6万石を幕府が買い上げ、安く市中へ放出することで、米問題に目途がつきそうです。
そんな中、幕府による蝦夷地の上知計画を知った一橋治済(生田斗真)は、計画ともども田沼政権を潰すために佐野政言(矢本悠馬)を利用。デマや相次ぐ不運が相まって、ついに政言の暴挙を誘発しました。
【べらぼう】なぜ佐野政言は田沼意知を斬ったのか?史実資料から実際の犯行の動機を解説
時は天明4年(1784年)3月24日。江戸城中之間において、佐野政言(さの まさこと)が脇指を抜いて若年寄の田沼意知(たぬま おきとも。意次嫡男)に斬りかかりました。意知は初太刀で肩口を斬られ…
江戸城中で田沼意知(宮沢氷魚)が斬られたとも知らず、身請けが叶った誰袖(福原遥)は幸せの絶頂。ここからの急転落に、多くの視聴者が早くもメンタルを削られていることでしょう。
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第27回放送「願わくば花の下にて春死なん」今回も振り返っていきたいと思います。
佐野の桜、田沼の桜
やることなすこと裏目に出てしまう政言に対して、まるでそれを利用するかのように、意知は評価を高めていきました。
なぜこうまで違うのか……家宝の桜が枯れたことで精神を病んでしまった父・佐野政豊(吉見一豊)を前に、政言は決断します。
「私が咲かせて御覧に入れましょう」
家系図のこと、狩りのこと。そして飛び交う数々の悪評……私怨と義憤が入り乱れていく様子が絶妙でしたね。
政言による犯行が3月24日(新暦では4月)であることから、今回は様々な桜が明暗を巧みに描き分けられています。
