現代の「食」「住」の起源は弥生時代にあり!当時の生活ぶりは意外なほど文化的だった

弥生時代の生活は?

弥生時代の人々はどのような生活をしていたのでしょうか。……こう書くと、小学生向けの歴史の本でも当たり前に取り上げられそうな、単純なテーマと思われるかも知れません。

しかし、最新の考古学・歴史学の成果はめざましく、弥生人の意外なほどの「文化的生活」ぶりが次々に明らかになっています。しかもその影響は、遠く時を隔てた後世の私たちの生活にもしっかり及んでいるのです。

今回は「食」「住」の二点にスポットを当てて解説しましょう。

コメから発酵食品まで

まず、弥生人の主食はコメでした。当時の遺跡を発掘すると、狩猟や漁業に関する器具や道具よりも、コメ作りにつかったとみられる農耕具のほうが多数出土します。

もちろん、狩猟道具も縄文時代よりは発達していたので、シカやイノシシといった獣類から、鳥類・魚・海草なども食べていたと考えられます。

つまりこの時点で、コメを主食におかずを食べるという日本の食スタイルがすでに確立していたのです。

ただし、弥生人が食べていたコメは白米ではなく、赤米です。

赤米は荒地でもそれなりにできる種類で、弥生人は赤いコメを蒸して食べていました。コメを蒸したものが「飯」と呼ばれるようになるわけですが、当時の遺跡からは蒸し料理に使う道具がたくさん出土しています。

また弥生時代後期になると、狩猟などに出かける際に蒸したコメを手で押しつぶして携帯するようになったようです。すでにおにぎりも登場していたわけです。

また、弥生時代に生まれた日本独特の食材として発酵食品が挙げられます。

日本の夏は温度・湿度ともに高いので、その気象条件を利用して食品を作るようになったのです。

たとえば、デンプン系のものを放っておくと糖化し、やがて発酵してアルコールになりますね。また、生肉に塩をくわえて発酵させれば塩辛になります。

現在では、こうした発酵食品は栄養豊富で体にもいいことが分かっています。

弥生時代の人々が健康的で、発掘された骨からも発育のよさが確認できるのは、発酵食品をよく食べていたことも大きな理由ではないかと考えられています。

2ページ目 受け継がれた「竪穴式住居」

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