「快い声」だが…
「織田信長はどんな人物だったのか」と聞かれたら、多くの人が、有名な肖像画などを思い浮かべることでしょう。それらの絵などからは、スラリと痩せた細面の男性だったとイメージさせられますね。
信長の外見についてはそうした手掛かりがありますが、では彼はどんな声だったのでしょうか? これについては、手掛かりはあるのでしょうか。
歴史上の人物の声など確かめようがない……と思われるかも知れませんが、実はそうでもありません。当時の人々が残した記録から、織田信長の声は非常によく通る声だったと想像できるのです。
例えば、宣教師だったルイス・フロイスは、その著書の中で信長のことを「快い声だが、人並み外れた大声を出すことがある」と、その特徴を述べています。
また、江戸初期の俳人で歌学者でもある松永貞徳は、若い頃に三条衣棚(現在の京都市中央区)の自宅にいた際、信長の大声を聞いたといい、その様子を記録していました。
その記録によると、1981(天正9)年に本能寺から内裏へと移動していた際、列が進まなくなったので信長は腹を立てました。そこで隊列に向かって怒鳴り声を上げたことがあったのです。
その時、信長は貞徳の家があった前述の三条衣棚から遠く離れた場所にいました。にもかかわらずその声が届いたというので、少なくとも信長の声がよく通るものだったのは間違いないでしょう。