2024年の大河ドラマ『光る君へ』の影響で、平安時代への人々の関心が高まっているのではないでしょうか?
大河ドラマの主人公・まひろ(紫式部)や藤原道長らと聞くと、みやびな王朝文化をイメージしますよね。そんな平安時代ですが、実は大きな対外危機も起きていました。
それが、今回の記事でご紹介する「刀伊の入寇(といのにゅうこう)」と呼ばれる事件です。事件の背景や内容、そしてそれを日本の誰がどのように撃退したのかについて詳しくご紹介していきたいと思います。
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平安時代と聞いて、血で血を洗う合戦を連想される方は多くないでしょう。雅やかな王朝文化が花開き、やんごとなき貴族たちが我が夜の春を謳歌していた……そうイメージされると思います。しかし平安…
刀伊の入寇(といのにゅうこう)とは、平安時代中期の寛仁3年(1019年)に起きた異賊の侵攻です。九州北部に襲来し、大きな被害をもたらしました。”刀伊”とは、中国・満州地方にいた「女真族」を指しています。
刀伊の入寇が起きたときの時代背景
女真系の人々は、交易ルートを通じて宋とのやりとりをしていましたが、契丹の進出と交易相手だった渤海が消失したことなどにより、交易ルートが閉ざされてしまいました。
このころから女真系による高麗沿岸部への襲撃が活発化していきました。