「おい、半之丞(はんのじょう)!」
NHK大河ドラマ「どうする家康」で、このセリフを覚えている方はほとんどいないと思います(かく言う筆者もうろ覚えですが)。
三河一向一揆で松平家臣たちが次々と一揆方へ寝返っていく場面で、一度だけ呼びかけられたこの名前。その後も登場することはありませんでした。
この半之丞なる人物、恐らくは史実でも一揆方へ寝返り、その後赦されて帰参した蜂屋貞次(はちや さだつぐ)であろうと思われます。
後世「徳川十六神将」にも数えられた豪傑は、その後どうなったのでしょうか。
鉄砲疵が元で亡くなるが……
永禄七年五月野田牛窪の城攻られしに。蜂屋半之丞貞次鉄砲に中りその疵愈ずして死す。その妻男子なければ女子をともなひ郷里に引籠りてあり。後にその辺に鷹狩せさせたまひし折。御鷹それてかの宅地にいる。御供の人々走り入て鷹を据上しに。かの寡婦これをとがめ。人々は何とて寡婦の家に案内もなくて闌入せらるゝぞと声高にのゝしる。君は何者の後家なるかと御尋あれは。貞次が妻なりと申す。貞次に男子はなきやと御尋により。六歳になる女子たゞ一人ありと申上れば。いと哀とおぼしけるにやその女に貞次の舊領をたまひ。鳥居源一郎をもて婿とし貞次が家継しめられしとぞ。(家譜。)
※『東照宮御実紀附録』巻二
時は永禄7年(1564年)5月。家康が野田城と牛窪城を攻めた時、蜂屋半之丞は鉄砲で撃たれ、その傷が元で死んでしまいました。
遺された妻は一人娘を連れて故郷へ帰ったのですが、しばらく後に松平家康(演:松本潤)が鷹狩りのため近くまでやってきます。
「わしの鷹は、どこへ行ってしまったのか……」
はぐれた鷹を追ってきた家康は、蜂屋宅に入り込んだ鷹を発見しました。
「あそこにおった。すぐに連れて参れ!」
「ははあ」
家臣たちが蜂屋宅へ立ち入り、鷹を連れ戻そうとしたところ、未亡人が出てきてこれを咎めます。
「その方ら、案内もなく他人の家へ立ち入るとは何事か!」
たちまち家臣たちを叩き出す様子を見て、家康は尋ねました。
「あの女性は何者か」
「蜂屋殿の未亡人にございます」
「左様か。先の戦さで討死したのであったな。男児はおらんのか」
「確か、今年で6つになる娘が一人のみとか」
「ならば鳥居の源一郎を婿にとらせよう。そして半之丞の旧領を継がせるのじゃ」
「御意」
かくして鳥居源一郎(とりい げんいちろう)は半之丞の娘を娶り、蜂屋の名跡を継いだということです。