ご乱心か既定路線か…なぜ豊臣秀吉は朝鮮に出兵した?4つの説をご紹介

朝鮮出兵の理由・4つの説

豊臣秀吉が朝鮮半島へ出兵して失敗したことは、皆さんご存じですね。しかし、そもそも彼がなぜそんなことをしたのか、その理由は諸説ありはっきりしたことは分かりません。

ここでは、その「諸説」にどんなものがあるのかを見ていきます。主なものとしては、

「東アジア統一構想」説
「西欧列強国への対抗」説
「息子の死にショックを受けた」説
「唐入り構想」説

です。それぞれ見ていきましょう。

まずはじめに「東アジア統一構想」説について。これは天下統一を果たした秀吉が、さらなる領土拡大を目指して東アジアの統一を考えたとする説です。

そのヒントとなるのが軍事力です。鉄砲伝来から半世紀が経った当時の日本には50万丁以上の火縄銃が存在したといわれており、これは世界でも最多の丁数でした。

各地の戦国武将たちが自覚していたかどうかはともかく、この頃の日本は、東アジアを統一するビジョンを描けるほどの力を持っていたのです。

4ページ目 貿易独占説・列強対抗説

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了