蜂須賀小六は盗賊じゃなかった?祖先の汚名を雪ごうとした子孫のエピソード

有名人の子孫というものは、良くも悪くも祖先の影響を大きく受けがちなもので、そのお陰で物事が上手くいくこともあれば、その逆もまた然りです。

今回は明治時代、祖先のよからぬイメージに悩まされた蜂須賀茂韶(はちすか もちあき)のエピソードを紹介したいと思います。

蜂須賀小六は盗賊じゃなかった?歴史学者に調査を依頼

蜂須賀と聞くと、歴史ファン(特に戦国ファン)なら蜂須賀小六(ころく。正勝)を連想されることでしょう。

戦国時代、盗賊の親分だった小六は若き日の豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)と出逢ってその才覚を見出し、後に立身出世した秀吉に仕えて活躍。ついには阿波国(現:徳島県)一国を与えられます。

事実、茂韶はその子孫(厳密には養子)で、阿波徳島藩の第14代藩主でした。

そんな茂韶がある時、明治天皇(めいじてんのう。第122代)に拝謁するため宮中へ参内し、応接室で陛下を待っていた時のこと。

愛煙家の性(さが)か、つい口許が寂しくなった茂韶は、卓上にあった煙草を一本失敬してしまいます。

(これはよい煙草。後でじっくり楽しませていただこう……)

すると陛下が入室され、卓上の煙草が一本減っていることに気づきました。

「ふふ、蜂須賀よ、先祖は争えぬのう……」

2ページ目 素性の卑しい祖先をバカにされたようで……

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