ついに人間の世界へ(涙)江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【四】

これまでのあらすじ

時は江戸前期の寛文十1670年1月。遠州灘で遭難した紀州のみかん商人・長右衛門(ちょうゑもん)ら7名は、約1か月半の漂流生活の末に無人島(現:小笠原諸島・母島)にたどり着きます。

船頭・勘左衛門(かんざゑもん)の死を乗り越え、長右衛門たちは心ひとつに力を合わせてたくましく生き延びながら、廃材をかき集めて船を一艘造り上げます。

約50日間をかけて船は完成。果たして寛文十1670年4月11日ごろ、長右衛門たちは生還を期して出航したのでした。

これまでの記事

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【一】

江戸時代の漂流者と言えば、ロシアの女帝に謁見した大黒屋光太夫(だいこくや こうだゆう)や、アメリカに渡ったジョン・マンこと中浜万次郎(なかはま まんじろう)が有名ですが、古くから海運が盛んな日本では、…

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【二】

前回のあらすじ紀州のみかん商人・長右衛門(ちょうゑもん)は江戸にみかんを出荷するべく出航しますが、寛文十1670年1月6日、遠州灘で遭難・漂流してしまいます。備蓄の食糧は底を尽き、積み荷の…

3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【三】

前回のあらすじ時は江戸前期の寛文十1670年1月、紀州のみかん商人・長右衛門(ちょうゑもん)は江戸にみかんを出荷するため船出するも、遠州灘で暴風雨に見舞われて遭難。約1か月半の漂流生活を乗…

2ページ目 順風満帆、ついに人間の世界(八丈島)へ

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了