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前世の記憶がきっかけで?平安時代のやんごとなき姫君と冴えない衛士の駆け落ちエピソード【一】
皆さんは「前世」を信じますか?初めてのはずなのに、なぜか見たことがあるような風景や、会ったことがあるような人物など……。単なる気のせい、記憶違いなのかも知れませんが、もしかしたら、前の…
今は昔、武蔵国から衛士(えじ)として京都に駆り出されてきた一人の男。
故郷が恋しいあまり、ぼんやりと「酒甕に浮かべた瓢(ひさご)が風に吹かれる光景」を思い出し、ブツブツと呟いていたところ、それを聞き留めた誰かが衛士に声をかけたのでした。
「その光景、前世で見たやも知れませぬ」
「もうし、そこな衛士や」
声の主は女性のもので、そのさやかな響きから、聴いただけでやんごとなき方のそれと判ります。
「へへぇ、何でやしょう」
日ごろそんな方と言葉を交わす機会などないため、ぎこちなく答えて衛士が振り向くと、そこには皇女(天皇陛下の娘)にあらせられる姫宮さまがおわしました。
「その話、いま一度聞かせてたもれ」
酒甕に浮かべた瓢(ひさご)など、そんな下らない話などを姫宮さまがご所望とは、一体全体どうしたことか……それともアレか、あまりの下らなさに、何かお咎めでもなさるのじゃろうか……?
などと一人思いを巡らす衛士の様子を察したのか、姫宮さまは優しく微笑みかけられます。
「何もとって喰うたりなどせぬ……汝(な=あなた、の古語)が話した酒甕の瓢、何ゆえか妾(われ)も前に見たような覚えがあるのじゃ……」
そんなまさか、酒が呑みたければ女官に酌ませるご身分の姫宮さまが、厨房の酒甕や、まして粗末な瓢など、噂話に聞いたくらいならともかく、見る機会など……。
そう訝しむ衛士に、姫宮さまがこんなことを言い出しました。
「もしかしたら、前世で見た記憶やも知れませぬ……そうじゃ、百聞は一見に如かずと言うし、一度妾を汝が故郷へ連れてたもれ」