医者としては失敗。しかし趣味の兵学で名前を遺した兵学者・大村益次郎

湯本泰隆

大村益次郎といえば、長州藩(現在の山口県)出身の兵学者としてしられていますが、元々は医者の家系に生まれ育ち、自身もれっきとした医者でした。幼少のころから医学書『十二経』を読み、やがて大阪(坂)の適塾など、各地で修行しました。

26歳のとき、益次郎は自分の生まれ育った村に戻り、故郷で村医者としてのキャリアを積み始めました。この村に自分ほど医学を学んだものはいないだろうという自負が、彼にはあったといえそうです。

ところが、いざ開業してみると、どうもうまくいきません…。

2ページ目 3年で医院は廃業

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