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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第13話
前回の12話はこちら。[insert_post id=76875]■文政七年 夏と、秋(5)引手茶屋を引き揚げた一行は、京町二丁目の裏茶屋、桐屋の奥の間に居た。国芳とみつがいつぞや…
■文政七年 夏と、秋(6)
後の月の九月十三日。
清明な月の下を訥々と歩いて、佐吉は一人、吉原遊廓を訪れた。
画像 広重「江都名所 吉原日本堤」ボストン美術館蔵
佐吉が引手茶屋の座敷に揚がってしばらく待つと、紫野花魁が障子を開いて入ってきた。
佐吉は座敷に揚がった花魁に杯を差し向け、甘い声を出した。
「花魁、今日こそ二人で一緒に月を見てくれるかえ」
「あい、もちろん」
みつは明朗に笑った。訊きたい事もあったが、胸の奥にそっと蓋をした。
「では早速、月見と洒落込むか」
佐吉はそう言うと、青簾の外を眺めるのではなく脇にあった荷を解いた。
「何をしていんす」
「俺たちの月見は、この荷の中だぜ」
「え?」
「この中に、月が宿っていンのさ」
前回、月見の日に国芳がみつの事を描いた絵が、錦絵として刷り上がったのである。
版元の江崎屋と近江屋の旦那の意見が合わずに兄さんも苦心していたが、なんとか今日に間に合ったぜ。佐吉はそう言って中身をひらりと一枚、みつに手渡した。
みつは無造作に渡されたそれを受け取り、一目見るなり、黙り込んだ。
「どうだえ」
「・・・・・・・・・・・・」