少女〜吉原を知り尽くす姐さんまで。吉原遊廓にいた花魁とその周りの女郎たち

小山 桜子

前回は吉原遊廓で働く人々をご紹介しましたが、今回は花魁とその周りの女郎たちにフォーカスしてみましょう。

こんなにいた!遣り手、若い衆…吉原遊廓の妓楼(女郎屋)の中に暮らす人々

前回は吉原に並ぶ妓楼(ぎろう)の中から一つの女郎屋に焦点を当て、その内部を紹介しましたが、今回は妓楼(女郎屋)の中に暮らす人々を紹介します。[insert_post id=70753][ins…

花魁

江戸時代後期以降の吉原遊廓では、最高級の女郎の事を「花魁(おいらん)」と呼びました。妹女郎や客が「おいらんとこの姐さん、綺麗だろう」と自慢したから「おいらん」なんて説もありますが、語源ははっきりしておらず、漢字は当て字です。

花魁は張り見世を行わず、引手茶屋というお茶屋まで花魁道中で向かい、お客と対面しました。1回の揚げ代は時代や見世のランクなどによっても変動しますが、後期ではだいたい10万円前後。よく「1度目は口もきけず、2度目でようやく少し話し、3度目でようやく触れられる」と言いますが、それは長い江戸時代の中でほんの初期の話。いくらツンデレ好きの江戸の男でも、10万円払って口もきいてもらえずにツンツンされるのでは客足が遠のくというので、江戸の後期になると最高級花魁でも初回からデレてくれたようです。


画像:花魁 Wikipediaより

2ページ目 13~15歳くらい。水揚げ前の「振袖新造」

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