トロ人気は昭和から?時代によって変化してきたマグロの価値。江戸時代には不吉だとも言われた

やたろう

初春に美味しい魚のひとつにマグロがあり、今年も『すしざんまい』の社長さんが初セリに挑戦しましたし、2月にはテレビ朝日で大間のマグロ漁を取り扱ったスペシャル番組が組まれています。

ここまで日本人を熱狂させるマグロの魅力。もとは大衆魚だったのに、いつから日本ではマグロが高級魚になったのでしょうか。本項では、それを取り扱います。

古代ではそこそこ人気…でも、保存に難アリなマグロ

我が国では古代からマグロが食べられており、縄文時代の貝塚からもマグロの骨が出土しています。また、『古事記』には顕宗天皇と女性を巡っていさかいを起こした志毘臣(しびのおみ)という人物が登場します。この志毘とはマグロの別名です。

こうした古代の事例を見てみると、マグロは決して不人気な魚では無かったことが分かります。嫌われる魚なら貝塚から見つかるはずはないですし、ましてや大和朝廷に仕えるやんごとなき人の名前に使われませんからね。


しかし、一方でマグロの人気は高いとも言い切れませんでした。それは、保存法のバリエーションが少なかったから。

冷蔵庫のない時代の魚の保存法には、塩漬けや干物、かつお節などがありますが、マグロはどの方法でもさほど美味しい魚だとは見なされていませんでした。

縁起悪いと嫌われるも、名作落語では大活躍?

江戸初期に編纂された『慶長見聞集』では、マグロの別名であるシビが“死日”に聞こえるから不吉だと記されており、縁起を担ぐ人が多かった武士階級では“死日”に通じるマグロを忌み嫌いました。

山本博文さんの『江戸の銭勘定』によると、小型のマグロが1本200文(約6000円)で売られていたとあり、かなり安価であった事が分かります。こうして低く見られていたマグロは、お金のない庶民がタンパク源として買うモノ、下魚だったのです。古典落語『ねぎまの殿様』で、お忍びで食べた煮売り屋のネギマ鍋を殿様がお気に召して騒動になるのは、こうした事情も背景にあったのでしょう。

3ページ目 実はトロ人気は昭和に入ってからスタート

次のページ

この記事の画像一覧

シェアする

モバイルバージョンを終了