みなさんは、日本史のなかでの“復讐”というと、どんな事件を思い浮かべますか?
戦国時代や幕末など、動乱期によく起こったのではないか?と思うかもしれませんが、実は、平安時代末期にも恐ろしい“復讐劇”がありました。
今回は、そんな殿下乗合事件(てんがののりあいじけん)についてご紹介します!
殿下乗合事件(てんがののりあいじけん)とは?
殿下乗合事件は、平安時代末期の1170年の7月から10月にかけ、摂政松殿基房(まつどのもとふさ)と平清盛の嫡孫平資盛(たいらのすけもり)の間に起きた衝突とその報復の一連の事件のことです。
大河ドラマ「平清盛」をはじめ、小説やマンガでも取り上げられることも多いです。
平家と摂関家の関係は?
事件当時、平家と摂関家の関係は決していいものではありませんでした。このころ、摂関家は、近衛家、松殿家、九条家の3つにわかれていました。
平清盛の娘・盛子は、近衛家の近衛基実に嫁いでいました。しかし、近衛基実が世を去ったあと、相続問題が発生しました。基実の息子はまだ幼すぎたため、弟の摂政基房(松殿家を興した)が相続すると思われていました。
しかし、平清盛の策略により、未亡人の盛子が広大な土地を相続することになったのです。
このことから、摂関家は平家に対し反感を強めていきました。