現代では両性の合意によってのみ成立する結婚および離婚ですが、かつては家の都合によって結婚し(時にさせられ)、離婚は男性の意思によってしか出来ません(※女性の意思による離婚は非常に困難)でした。
しかし、言うまでもなく女性にも意思があり、あまりにも理不尽な仕打ちを受ければ、これを恨むのは理の当然と言うもの。
そして積もりに積もった怨みは死んでも晴れず、怨霊となって復讐を遂げる事例もしばしばあったようで、今回は平安時代の説話集『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』より、そんなエピソードを紹介したいと思います。
捨てられた妻の悲しい最期
今は昔、ナニガシ(原文は欠字)という男がいたそうで、長年連れ添った妻を離縁してしまいました。
「出ていけっ!」
「いったい私が、何をしたと言うの……っ!」
特に不貞(不倫)をはたらいたとか、家財を食いつぶしたなどということもなく、どっちかと言えば出来た(少なくとも落ち度のない)妻だったのですが、とにかく飽きた(別に女が出来た?)のか、問答無用で叩き出してしまったのです。
「うぅ……これからどうすれば……」
これで恨まなかったとしたら、よっぽどの人格者なのか、あるいは(実は別の男と浮気していたなど)やましいことがあるのか……当然そんなことはない普通の妻でしたから、彼女は大いに夫を恨んだことでしょう。
「悔しい……長年連れ添ってきた妻にこの仕打ち……絶対に許さない……」
既に両親は他界しており、他に兄弟も身寄りもなかった彼女は、村はずれにある粗末なあばら家に転がり込み、飢えと寒さに苦しみながら孤独な最期を遂げたのでした。
怨霊となった妻が復讐に……!?
さて、寂しく孤独死してしまった妻ですが、身寄りがないため遺体を埋葬する者もなく、ずっと放置されていました。
普通だと、この時点で遺体が腐敗して悪臭や害虫の被害などからご近所さんか行政当局がしぶしぶ片づけるのがお約束ですが、不思議なことに妻の遺体はいつまで経っても腐敗しないどころか、生前とまったく変わらない姿を保っています。
「いったい、どういうことなんじゃろうか……」
不思議な遺体の噂は次第に広まり、とうとう「夜中、目玉が光っているのを見た」という証言を聞くに至って、夫は「妻が怨霊となったに違いない」と確信。恐ろしくなって陰陽師(おんみょうじ)に助けを求めたのでした。
「……かくかくしかじかにございまして、どうかお助け下され……」
事情を知った陰陽師は、
「これは非常に難しき案件にございますな……本来なら自業自得と突き放したきところなれど、見捨つるも忍びなきゆえ、まぁ何とか手を尽くしましょう。しかし、相応の『覚悟』はしていただきますぞ」
【原文】
……此の事極めてのがれ難(がた)き事にこそ侍(はべ)るなれ。さはあれどもかく宣ふ(のたもう)事なり。構へ試みむ。但し其の為に、極めては怖(おそろ)しき事なむどする。それを構へて念じ給へ……
「はい、はい……命が助かるなら、何でもさせていただきます……」
陰陽師に連れられて、夫は妻の元へ向かったのでした。