幕末の大老、井伊直弼(いい なおすけ)。彼について、悪人というイメージを持つ人は多いのではないでしょうか。しかし、近年は井伊直弼という人物を見直す動きがあります。
前回に引き続き、井伊直弼(いい なおすけ)の超良い人説を解説します。
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15年部屋にこもって自分を磨き続けた!幕末の大老・井伊直弼は本当は超良い人説【1】
彦根藩主の14男として生まれた直弼は、よほどのことがないかぎり、出世できないことを悟りますが・・・?
埋もれても直弼は諦めない!
出世の可能性が断ち切られ、自らを埋もれ木にたとえた井伊直弼ですが、彼は心から自分の人生を諦めたりはしませんでした。当時の彼の歌がコレです。
「世の中をよそに見つつもうもれ木の埋もれておらむ心なき身は(藩主の兄さんたちが活躍する世間からは切り離されて埋もれている俺だけど、心までは埋もれていないぜ!)」
悪役のイメージが強い彼ですが、実は誰よりも真っすぐで聡明、穢れのない熱いハートの持ち主だったのです。
ショートスリーパー・直弼!
彼は「埋木舎(うもれぎのや)」という小さな邸宅にひっそりと暮らす間、毎日自己修練として茶道、居合術、国学、兵学、禅、能、歌道の道それぞれに本気で取り組みました。
「予は一日に二時(4時間)眠れば足る」という言葉が残っているほど、寝る間も惜しんで真剣に励んでいたため、周囲からは「ちゃかぽん」、つまり「『茶』道・『歌』道・『ポン』と鼓を打つ能の稽古ばかりしている変なヤツ」という意味のあだ名をつけられて馬鹿にされていました。
しかし直弼は周囲の目なんか気にせずに、自己修練に邁進しました。「世を厭うわけでもなければ、執着や出世欲もない。無心でただ己のやるべきことをやるだけだ」というような内容の日記も残っています。か、かっこいいよ井伊直弼!
「埋もれ木」直弼にチャンス到来!
そんな彼の姿を天が見ていたのか、弘化3年、32歳の時に直弼に突然チャンスが到来します。彦根藩主の直亮の息子が家督を継ぐ直前に死んでしまい、突然後継ぎ問題が発生したのです。
直弼以外の兄弟はみんな養子に出てしまい、すでに居なかったため、後継ぎ候補で残ったのは14男の直弼のみ。売れ残っていたのが幸いしたのです。
こうして埋もれ木だったはずの直弼が、恐るべき強運で15代彦根藩主に就任したのでした。