社寺参詣の楽しみの一つといえば、「おみくじ」。おみくじの由来は、古代の政治などで何かを決定するために籤(くじ)を引いたのがはじまりといわれています。
古来よりおみくじは重要な物事や後継者の決定をするために神の意志を聞くためのものだったそうです。おみくじを引くことで、神様に公平な判断をいただくけると考えられていたようです。『日本書記』にも、有間皇子(天智天皇のいとこ)が謀反の成否をくじによって占ったことが記されており、これが日本最古の「くじ」の記録とされています。
おみくじが現在のような形になったのは平安時代の第18代天山座主(天台宗の最高位)・元三大師(がんざんたいし)良源だとされています。良源は、別名「角(つの)大師」、「豆大師」など呼ばれ、彼自身が魔除けのお守りにもなっているという最強のお坊さんです。中国の天竺霊籤(てんじくれいせん)という占いを元にして作ったともいわれています。
この「元三大師神籤」は、運勢や吉凶を漢詩調に詠んだもので1番から100番まであり、現代とほぼ同じスタイルだったようです。室町時代にはすでに使われていました。そのような経緯から、比叡山には『おみくじ発祥之地』と刻まれた石碑も立っています。
さて、明治の中頃までおみくじは大きな神社の一部が自前で作る程度でしたが、現在では全国でも6つの神社が製造しています。なかでも最大手は山口県周南市鹿野(かの)にある二所山田神社。なんと、全国で製造されているおみくじの7割前後のシェアがあります。