今も昔も、私たちの心を掴んで離さない特別な存在、忍者。小説やドラマ、近年では忍者をテーマにした大ヒット漫画も記憶に新しいのではないでしょうか。
こうした数々の創作作品に描かれる忍者像は、多かれ少なかれデフォルメされているにしても、日本には昔から本当に忍者という存在はありました。江戸時代には、将軍の手先となって江戸城に仕え、隠密活動を行った「御庭番」という役職もあったほどです。
江戸時代に将軍に仕え実際に隠密活動をしていたリアル忍者「御庭番」とは?
今も昔も、私たちの心を掴んで離さない特別な存在「忍者」。小説やドラマ、近年では忍者をテーマにした大ヒット漫画も記憶に新しいのではないでしょうか。海外からも忍者に憧れて日本に訪れる旅行客が後を絶たないほ…
百人番所
そんな江戸城の中で、忍者を多く輩出した伊賀や甲賀の国の者たちが100人、交代で詰めていた番所がありました。その名も「百人番所」。
そのまんまといえばそのまんまですが、本当にこの番所には、「百人組(鉄砲百人組)」といって、根来組、伊賀組、甲賀組、二十五騎組(廿五騎組)という4つの組織が交代交代で100人ずつ、詰めていたのです。
その「百人組」というのは、厳密にいうと、与力20名、その手下の同心が100名で構成されていました。同心が100人ずつ詰めていたので、「百人番所」なのです。