江戸時代になっても、大坂は「天下の台所」と呼ばれ、流通の主要地でした。江戸と大坂は、商売にしろ食にしろ様々な違いがあったようですが、まずは人口から見てみましょう。
江戸は約半分が武士
江戸の人口は100万、そのうち約半分が武士でした。一方、大坂は人口31万4000人(安政5年)のうち、武家は2000人以下と、かなり武士が少なかったのですね。この武士の数が、江戸と大坂の大きな違いといえるでしょう。
江戸にしかなかった商売?
商売相手も、江戸と大坂では違います。江戸の商売相手は、幕府や武家。武家とのコネクションが何より大事で、御用商人になるためには、気に入ってもらえるように様々な仕事をこなす必要がありました。大坂の商売相手は、町人です。無駄のない合理的な商売が一番!
そうそう、江戸にしかなかった商売って何かご存知ですか?それは、献残屋(けんざんや)です。贈答品が多く出回るため、不用品も多く出てしまうんですね。その不用品を買い取って転売するのが献残屋だったのです。
あと、酒問屋(さかどいや)も、江戸ならでは。大坂では、贈答品を贈る習慣もないし、酒の生産地が近いから、酒造元が直接販売店に卸していたのです。だから、献残屋も酒問屋も必要なかったのですね。