京都嵯峨野にある大覚寺では、中秋の名月を愛でる「観月の夕べ」なる催しが行なわれます。何をするかといえば、もちろん名月を眺めるわけですが、ただ寺から夜空を見上げるわけではありません。寺の東側にある日本最古の人工池・大沢池へ舟を浮かべ、池の水面に映る月を楽しむという、実に雅な行事なのです。
大覚寺は、嵯峨天皇が造営した嵯峨離宮を元に創建されました。大半が後世に再建されたものとはいえ、その伽藍には元離宮ならではの雅な香りがたっぷりと残っています。寺にしては低い天井、うぐいす張りの廊下、そして池を一望できる濡縁。寺というより、どことなく貴人の住居を思わせるのです。
遷都を行なった桓武天皇から数えて3代目、薬子の変などの政争を乗り越え平安京を完成させたといわれる嵯峨天皇は、優れた文人でもありました。嵯峨離宮は当時の宮廷文化を結集して建設され、真言宗開祖・空海をはじめ当時の最先端の知識をもつ雅客たちが集まり、さながら文化サロンの様相を呈していたとか。中国の洞庭湖を模して作られた大沢池では、夜ごと舟遊びが行なわれていたそうです。
大沢池は造営当時、それこそ平安時代の姿をほぼそのまま残しているといいます。「観月の夕べ」は、平安時代そのままの池で、平安時代そのままの様式で行なわれるのです。
といっても、現代の舟客はあくまで、平民。そんなに堅苦しいものではありません。舟券は、1枚1500円。当日券の早いもの勝ち。16時の発券に昼頃から並ぶ人もいて、夕方には売り切れ。龍頭舟&鷁首舟の2隻がフル回転するも、客が多過ぎて捌き切れず、結構待たされがち。やっとこさ舟へ乗り込み、20分ほどの平安クルージングを楽しんでると、岸の方から「キャンセル出ましたぁ、舟券ありますっ」という坊さんの叫び声が聞こえてきたりします。
別段、雅さが失われたと皮肉っているのではありません。露骨に政治をやっていた嵯峨天皇が、全ての現実を忘れ雅な舟遊びを楽しんでたことは、おそらくなかったはずです。軋轢とノイズの真っ只中にあってこそ、雅は輝く。時代が変わろうと客層が変わろうと、千年前と同じ輝きを放ってる水面の月は、そんなことを伝えているのかも知れません。
旧嵯峨御所 大覚寺 門跡 – 公式サイト
観月の夕べ – 旧嵯峨御所 大覚寺 門跡
嵯峨天皇 – Wikipedia