男前すぎる!西郷隆盛と対峙した偉大な幕臣、彼の名は「山岡鉄舟」[後編]

やたろう

さて、前回は西郷隆盛と対峙するまでの山岡鉄舟について紹介しました。

男前すぎる!西郷隆盛と対峙した偉大な幕臣、彼の名は「山岡鉄舟」[前編]

いよいよ、平成30年(2018年)1月から大河ドラマ「西郷どん」が始まりますが、西郷の人生に大きな影響を与えた人物には、味方だけではなく敵方すなわち幕府軍にも少なからずいました。その1人が勝海…

今回は、江戸城無血開城を如何にして鉄舟が行ったか、そして彼のその後について紹介していきます。

理不尽過ぎる降伏条件…しかし、鉄舟の涙が西郷を動かした!

運命の慶応4年(1868年)3月9日、鉄舟は駿府(静岡県)で西郷隆盛と面会にこぎつけます。鉄舟は勝海舟から託された親書を西郷に渡しますが、提示された条件は以下のようなものでした。

一、江戸城を明け渡す
二、城内の兵士を向島に移させる
三、兵器を全て差し出す
四、軍艦も全部引き渡す
五、将軍慶喜公の身柄を備前藩に預ける

最後の条件に、幕臣として鉄舟は納得がいかず、涙を流しながら切々と訴えます。

「西郷さんがお仕えしている島津のお殿様が、もしも慶喜公と同じ立場であったならば、貴男は島津様を人質になさると言うのですか?」

当初こそ、“天皇の命令”を盾にして幕府の言い分を蹴ろうとしていた西郷でしたが、元々が情に厚かった彼は、主君と幕府を思う鉄舟の一言で心を動かされます。それによって幕府と新政府軍の交渉はスムーズに進み、遂には無血開城となったのでした。

2ページ目 反逆者…だけど大歓迎?皇室からも信頼された鉄舟

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